住んでいる賃貸住宅を退去するとき、管理会社や大家さんは、必ず部屋の中の最終チェックを行います。
この時、入居者の持ち物が残っていないか、設備の状態はどうなっているか、電気・ガス・水道の契約終了手続きが完了しているかなどを確認しています。
また、設備の状態を確認した際にキズや故障などがあると、貸主は設備の原状回復を求め、入居者は対応する必要があります。
では、原状回復はどこまで対応しないといけないのでしょうか。
原状回復に関するトラブルはとても多く、知識を付けてしっかり準備をしないと、本当は負担しなくてもいい部分まで負担させられてしまうケースもあります。
本記事では、そんな賃貸物件の原状回復について詳しく解説します。
円満に退去して気持ちよく新しい生活をスタートさせるためにも、原状回復に関する正しい知識を身に着けましょう。
原状回復とは?
そもそも原状回復とは何なのか?というところから簡単に説明します。
原状回復とは、住んでいた部屋を住み始める前の状態に戻すことです。
具体的な例を挙げると、床や壁のへこみや傷、収納棚の扉の故障など、あなたが入居中に発生した不備や不具合は、退去する前にあなたが直す必要があります。
この原状回復は、入居者・借主側の「義務」であり、民法621条にも定めらている法的根拠が存在します。
つまり、原状回復を避けて通ることはできません。
原状回復義務の範囲は?
では、原状回復とは具体的に何をしなければいけないのか。また、どこまで対応しなければならないのでしょうか。
例えば10年間住み続けていたとすると、家具を置いていた床に跡はついてしまい、壁紙は日焼けして色落ちしてしまいます。他にも傷や汚れはどうしても出てきてしまいます。
次はそのような「どこまでやればいいの?」という疑問にお答えします。
まずは、先ほど言及した民法621条の条文をご紹介します。
第621条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
この条文から読み取れる通り、通常の生活をする中で発生する傷や汚れ(通常損耗)と経年による自然劣化は、入居者が負担する必要はありません。
しかし現実には、傷や汚れが過失によるものか、通常損耗によるものかで意見が分かれてトラブルに発展することが少なくありません。
このような事態を回避するために、国土交通省から原状回復に関する費用負担などのルールに関するガイドラインが公表されています。
原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
まずは、国土交通省が公表しているガイドラインについてご紹介します。以下のリンクから原文も確認できます。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について | 国土交通省HP
このガイドラインは、原状回復に関するトラブルを未然に防止するため、住宅の賃貸契約の標準的な考え方や裁判例などを考慮して原状回復の費用負担の在り方について、妥当と考えられる一般的な基準を取りまとめたものです。
国土交通省のホームページ内にも記載されていますが、ガイドラインはあくまで一般的な基準を示したものにすぎず、社会通念上あまりに不適当な内容でない限り、既に契約している賃貸借契約の内容が有効なものとなります。
ガイドラインはあくまで、契約書に定めが無かったり、取り決めがあいまいであったり、明らかに取り決め内容に問題がある場合などに、話し合いで解決するため参考に考えるものです。
つまり、トラブルを未然に防止するために重要なのは、入居時に契約条件をしっかりと確認しておくことです。
原状回復は、賃貸借契約「終了時」の問題なので、入居する時には退去時のことが忘れられがちですが、契約書には入居から退去のことまで全て記載されています。
なので、契約前に退去時のことまでしっかりと考慮しておくことが大事です。
負担の具体例
ガイドラインを参考に、原状回復義務を負う場合と負わない場合を具体的にご紹介します。
以下の表を参考にしてください。
項目 | 原状回復義務あり | 原状回復義務なし |
---|---|---|
壁・天井(クロスなど) | ①日常の清掃を怠った台所の油汚れ ②結露を放置したことで発生したカビやシミ(手入れを怠ったことで壁等を腐食させ、貸主に通知もしていなかった場合など) ③クーラーからの水漏れを放置し、壁が腐食した場合 ④喫煙によるヤニ・臭い(クロスの変色や臭いが付着している場合) ⑤壁などのくぎ穴・ネジ穴(重量物を固定するために開けたもので、壁の下地ボード張替えが必要になる場合) ⑥借主が設置した照明器具の跡 ⑦落書きなど故意による汚れや傷 |
①テレビ、冷蔵庫など家電製品後部壁面の黒ずみ ②壁に飾った絵画やポスターの跡 ③ポスターや写真等を留めるための画鋲・ピン等の小さい穴 ④借主が自分で購入したエアコンの取付によるビス穴や跡 ⑤日焼けなどの自然劣化・経年劣化によるクロスの変色 |
床(フローリング・畳など) | ①飲み物などをこぼしたことによるシミやカビ(こぼした後の事後処理や手入れを怠った、不足していた場合) ②冷蔵庫下のサビ跡が床にうつった場合(サビを放置し、床に汚れがうつった場合など) ③引越作業や部屋の模様替えなどで生じた引っかき傷や強い衝撃でへこんだ床 ④雨が吹き込んだなど、借主の不注意が原因で発生したフローリングの色落ちや劣化 |
①畳の裏返し、表替え(破損は特になく、次の入居者を迎えるために必要な程度のもの) ②家具を設置していたことによる床、カーペットのへこみや跡 ③日照りによる畳、フローリングの変色(その他建築構造の欠陥が原因で発生したもの) |
建具、襖、柱等 | ①ペットの引っかきなどによる柱等(壁、床も同様)のキズや臭い ②落書きなどの故意による毀損 |
①自身や暴風雨などの自然災害で破損した窓ガラスなど |
設備、その他 | ①ガスコンロ置き場、換気扇などの油汚れ(借主が清掃・手入れを怠った結果生じた汚れ) ②風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビなど(借主が清掃・手入れを怠った結果生じたもの) ③日常の不適切な手入れまたは本来の用途・用法を守らなかったため発生した設備の毀損 ④故意または過失による鍵の紛失、破損 ⑤(庭がある場合)庭に生い茂った雑草の処理 |
①エアコン(タバコの喫煙などによる汚れや臭いが付着してない場合) ②機器の寿命による設備・機器の故障 |
借主の善管注意義務
上記ではガイドラインに沿った負担の事例をご紹介しましたが、結局のところ自分の事例だとどうなるのか?と心配に思っている方もいると思います。
次は、別の視点(借主の善管注意義務)から原状回復義務に対する考え方について解説します。
借主は、賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民法400条)。一般的に善管注意義務と呼ばれるものです。
借りたものは、社会通念上要求される程度の注意を払って使用しなければなりません。
住宅の賃借では、日常清掃や退去時の清掃は最低限のこととして善管注意義務に含まれるという解釈が一般的です。
借主が故意に、または不注意や怠慢で賃借物に対して通常の使用をした場合よりも大きな損耗や損傷などを生じさせた場合には、「借主は善管注意義務に違反して損害を発生させた」ということになり、借主が原状回復義務を負うことになるでしょう。
当然その修繕費用は借主の負担になります。
修繕費用をどちらが負担するかわからない場合は、自分が日頃から清掃をしていたか、トラブルが起きた際には貸主や管理会社にきちんと報告していたかなど、入居中の自身の行動を振り返って考えてみてください。
原状回復費用の相場は?
ここまでの解説で、どのような場合に自己負担になるのか、ある程度お分かり頂けたと思います。
次に、もし原状回復義務を負うことになった場合、どのくらいの費用がかかるのか気になる方も多いでしょう。
ここでは、原状回復で修繕する項目別に金額の目安を解説します。
金額はあくまでよくある一般的なケースにおける相場なので、必ず以下の金額に納まることを約束するものではなく、参考程度でお考え下さい。
修繕項目 | 修繕費の相場 |
---|---|
壁や天井の下地ボードの取り替え | 20,000~60,000円 |
フローリングの張り替え(一部) | 10,000円~30,000円(張り替え面積と材質による) |
クロスの張り替え | 1,000~1,500円(1㎡あたり) |
浴室、トイレなど水回りのカビ、水垢 | 5,000~20,000円 |
キッチン周りの汚れ | 15,000~25,000円 |
フローリング、カーペットなどの汚れ | 10,000~25,000円 |
全体のハウスクリーニング | 20,000~50,000円(1K~1LDK程度を想定) |
トラブル防止のためにやっておくべきこと
原状回復に関するトラブルは、住宅の賃貸に関するトラブルの中でも多くあります。
なかにはトラブルにならないケースでも、本当は負担する必要のないものに対して「これくらいなら仕方ないか」と泣き寝入りしているケースもあります。
トラブルを回避して納得して気持ちよく退去するには、以下の3つの項目に気をつけるようにしてください。
- 事前の契約内容の確認
- 入居前に室内を隅々までチェックする
- 定期的に掃除する
事前の契約内容の確認
一番重要なのは、入居時(契約時)に慎重に選ぶことです。
表向きの賃料が相場より安かったり、間取りや設備が理想の物件だからといって、安易に契約してしまうと「退去時に室内清掃費として○万円を敷金から差し引く」といった条件が契約書にもりこまれていることもあります。
本当は払う必要がないことに退去時に気づいても遅いため、表向きの条件にばかり目を向けず、契約内容や退去時の条件まで、契約前に必ず確認しましょう。
入居前に室内を隅々までチェックする
できれば内件や引越し前にやっておきたいことが、室内の傷などの有無や劣化状況をくまなく確認することです。
引越し前にできなかったとしても、引越し直後に確認することをオススメします。
もし、傷や劣化しているものがあれば写真を撮り、管理会社に送っておきましょう。
レンタカーを借りる際、出発する前に傷の確認する作業と同じです。
入居前の傷や劣化(自分が原因ではないもの)を管理会社(貸主)に写真を共有することで証拠となり、不要な原状回復費を請求されることを避けることができます。
定期的に掃除する
当たり前かもしれませんが、入居中はきちんと室内の掃除をしましょう。
定期的に清掃・手入れをすることで、退去時の清掃費を抑えることができ、また様々な設備の故障や劣化に気づくことができるので、退去時のトラブル防止に繋がります。
まとめ
今回は、賃貸物件の原状回復について解説をしました。
原状回復と聞くと退去時のことと思うかもしれませんが、入居時から考えておくべきことだということをお分かり頂けたと思います。
退去時に原状回復をめぐってトラブルになってしまうとお互いに嫌な思いをしてしまいます。
そんなトラブルを事前に防ぐためにも、契約の条件はしっかり確認して契約し、日頃から清掃をして、キレイに生活することを意識してみてください。